
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を今読んでいます。私は斜め読みができません。本を読むのが早い人は本当に斜め読み、つまり、ページ上の文字を取捨選択して読むという荒業を体得しているということを最近知ったぐらいなので、300ページ程度の文庫本であるにもかかわらず「読んでいます」という表現でここに書くタイミングが存在することにはどうかご勘弁いただきたいところです。
さて、この本に関しては読む前から少なからず思い入れがありました。まずは1つ目。私が地元にいたときだから、中学か高校のときだと思うのですが、この本(ハードカバーだったような気がするのですが)が本屋さんに並んでいたこと、そして、SF はおろか小説自体に興味がまったくなかった当時の私がこのタイトルに惹かれたことを覚えています。ただ、そのときは小説とは知らず、脳神経学とロボットと認知科学の本か何かだと思っていました。
そして、2つ目。私は同じような時期に Terminator や Back to the Future や Total Recall を見て SF というジャンルを知って SF 好きになったのですが、大学生の時に SF が好きという友人に自分もSF好きであることを伝えたところ、「じゃあ、ブレードランナーとか観た?」って言われたことを覚えています。当時の私は「えっ?ブレードランナー?なにそれ?」な状態で、当時の私が「バトルランナー」と間違えて恥をかかなかったのが今でも奇跡としか思えないという出来事がありました。でもこの段階で「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と「ブレードランナー」が同じものとは理解できてなくて、この 2 つ繋がったのは…いつだろう。よく覚えていませんが、ここ数年のことです。
で、今やっと読んでいるわけですが、アンドロイドである事を偽りヒトであろうとするアンドロイドの存在というのは、ヒトの肉体・思考・記憶とサイバネ・コンピュータ・AI とを扱った SF テーマの根底にある題材なんだなと、いまさらならがら改めて気づかされます。ニューロマンサーもマトリックスも火の鳥に出てくるロビタも、結局はここにたどり着くわけですから。
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