
「しあわせの理由」を読んだ。この本には何編かの小説が収録されているだが、僕はまずはこのタイトルの小説をまず読んだ。残りはいったん別の『ディアスポラ』を読んだ後で読む。
読んだ理由は亡くなった n# が入院直後にブログで次のように書いていたから。
InTheSpiral: hospitalized - on my own will!
詳しいことは後で個別に話しますが、えー、今痛いんだけど後が興味深そうです。グレッグ・イーガンの『幸せの理由』とか『ディアスポラ』が関係あります。
「しあわせの理由」の筋を簡単に説明すると、脳に腫瘍をもった主人公は、腫瘍が分泌する成分が原因で子どもの時は常にしあわせを感じていたし、自分がしあわせである理由も理解していたのだけど、成長したある時、腫瘍を摘出したのが原因でしあわせを感じられなくなってしまい…という話。
この話でポイントなのは「選択」。主人公は数々の選択をこなしていくことで自己を作り上げていこうとするのだけど、選択には 2 種類会って、選択のパラメータを完全に制御できるものと、できないもの、この 2 つがポイントとなって話の後半が展開していく。
この話を読み始めた当初はあまりにもエピソードが n# の状況と似ているために、読むのがつらかったが、話の後半で主人公の意識が変わり始めてからは、SF 形式で哲学的な内容の話ために使う脳の領域があっちに行ったりこっちに来たりしながらも、n# のことを想いつつ落ち着いて読むことができた。 n# は自分の選択には誇りを持っている人だったような気がする。明確な根拠ととともに選択肢とリスクについては挙げてくれるが、相手に選択を強要しない人だった。だからこそひとつ前のエントリでも述べたようにその会話には経験にもとづいた重みと、安心できる何かをを感じた。そんな選択の連続が人生だとするならば、選択できない状態とは彼にとって何だったのか。一方でそのことに思いを巡らせると形容しがたい感情が込み上げてくる。
n# が自信のブログにこの本を紹介したときの想いを考えるにあたって、もう一つヒントになると思われるのが、ちょうど入院した頃に僕と「蒼天航路で曹操が頭痛がなくなって『なんとなー』と感動するシーンがあるんだけど、たぶん僕もそうなるんじゃないかな」と話(もちろんメッセ)をしたというエピソード。ブログでもその会話の中でも、詳しいことはまたそのうちね、と言ってたから ― 僕もそのときは気楽に考えていたものだから、それ以上話を続けることはなかったのだけど… ― すべてが終わった後でこれまでの n# の実体験と小説の内容を重ねながら興味深い彼なりの意見をいつもの調子で聞かせてくれるつもりだったのではないかなと勝手に思ったりしている。
その話を聞くことができないのが残念でたまらない。
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